信為疑

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真実を受け入れる度量

伝えたい想いだけでは、伝わらない。
相手にも準備が必要だ。

一般人は政府とマスコミを信じている。
他に信じられるものがないので、安心するために政府とマスコミに依存する。

彼らが疑いをもつネット上で、彼らが信じている事と真逆のことを言い、彼らの理解を求めるのは無茶でなくとも非効率だ。
まずは一般人が信じている情報源(大手マスコミや法律といった受容可能な情報)を使って政府とマスコミの信頼を失墜させていく方が利に適っているだろう。

ただし、これは一般人の安心を奪う行為であることに変わりはない。
信頼できるものを失った一般人は不安になり、また政府とマスコミの元へと戻っていく。
なので、彼らが信頼できる場を用意しておく必要がある。
その場とは、彼らが有益と感じ、尚且つ受容可能な情報を発信し続けるところだ。
真に迫れば迫るほど受容困難な情報種になっていく、長く居る者は受容可能領域も増えていくが、その場では受容レベルの異なる多種多様な人々が集まることとなる。

次のステップに進ませる受容困難な情報種が提供しにくくなるジレンマが発生する。

彼らが継続して信頼を寄せられる場を作ることは、一時的な信頼しか得られないメディアを作ることよりも難しい。
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